オホーツクだより

網走自然ガイド&旅人の宿「わしのとまり木」オーナーブログ

根北線越川橋梁追悼集会

2011/07/31 22:33
 
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またずいぶん更新が空いてしまい、すみません。

今日は斜里町の越川橋梁で行われた「根北線鉄道工事殉難者・受難者追悼集会」にMOTレール倶楽部のメンバーの1人として他の3人のメンバーと共に参加してきました。

国鉄根北線(こんぽくせん)は主に国防上の理由から斜里と根室管内標津(しべつ)を結ぶ目的で1938年(昭和13年)に着工されましたが、太平洋戦争の影響で1941年(昭和16年)に工事は中断。
戦後工事は再開され、1957年(昭和32年)11月に斜里~越川(12.8km)が開通したものの、その先への工事は中止されたまま、開通から僅か13年後の1970年(昭和45年)11月30日をもって廃止された鉄道路線です。

そしてこの越川橋梁はその根北線の一部として1939年に着工されましたが、その工事は「タコ」と呼ばれた労働者が苛酷な環境で使われ、11名の犠牲者が出ました。
1941年に工事が中断した時には越川橋梁はほぼ完成していましたが、1957年に開通したのはこの橋梁の手前の越川までとなり、結局この橋梁に列車が走ることはありませんでした。

その後国道244号線の拡幅工事の際、橋梁の一部が撤去された他はそのまま放置されていましたが、1998年に国の登録有形文化財に指定されました。



今日の追悼集会は越川橋梁の工事の犠牲となった11名の労働者の供養をし、語り継ごうと「知床の歴史を語る会」と地元の越川自治会の主催で毎年この時期に行われており、今年で17回になるそうです。


この越川橋梁は知床半島の基部を横断する国道244号線を標津に向かい、斜里の市街地から車で約15分ほど、根北峠の麓にひっそりと佇んでいます。


 

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プロフィール

金指 功(かなざし いさお)

  • Author:金指 功(かなざし いさお)
  • 2004年に埼玉県からウトロのホテル勤務を経て網走に移住。
    2007年2月から網走自然ガイド「オホーツク遊楽倶楽部」として網走の自然の魅力を伝えてきました。
    そして2013年、オホーツク遊楽倶楽部は網走自然ガイド&旅人の宿「わしのとまり木」に生まれ変わり、新たな出発をしました。

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